夜間日記

2022年8月1日~2023年7月31日

第203夜

早朝、大学構内の清掃アルバイトをしていた。まだ夜が明けたばかりだから、構内には人っ子一人おらず、シンと静まり返っている。

中庭の落ち葉を掃いていると、隅のベンチに小学校低学年くらいの女の子が座っているのが見えた。私は慌てて駆け寄り、「こんな時間に何してるの。名前は?」と尋ねた。女の子は「ハルです」と答えた。きっと数時間後には学校に行くのだろうから、早く家に帰さなければならない。私は、父親の名前や家の場所を尋ねた。ハルちゃんは「お父さんは魔法使いなの。だから私も魔法使いになるために修行してるの」と言って、ポケットからプラスチックのおもちゃのステッキを出して見せてくれた。私が小さい頃に遊んでいたプリキュアのステッキに似ていた。

私は「じゃあ早く帰らないとね」と言って、ハルちゃんの手を取り、走り出した。始業時間が迫り、構内は大学生たちで賑わい始めていた。私はハルちゃんが転ばないようにしっかりと手を握って、人とぶつかってしまわないように庇いながら走った。中庭を抜け、校舎を抜けて、広い日本庭園に出た。庭園の中央には大きな池があり、真っ赤なペンキで塗られた桟橋が、壊れて今にも沈みそうになっていた。「走って渡り切っちゃおう」と言うと、ハルちゃんは元気よく「うん!」と頷いた。2人で桟橋を駆け抜け、対岸の土手を上ると、ようやく大学の正門が見えた。

大勢の大学生たちで賑わう中に、ハルちゃんの家族を見つけた。7人の子どもたちと、青年と女性である。ハルちゃんは見つけるや否や「パパ!」と叫んで駆け出した。ハルちゃんが駆け寄ったのは、20代にも見える若い青年だった。青年はハルちゃんを抱き留めてから、私を見て、「娘を送ってくれてありがとう」と言った。私が会釈をすると、青年は続けて、「本当は君じゃなくて、僕が主人公なんだけどね」と言い、そして爽やかに笑った。私は、彼こそが「ハル」という名前の人物本人であることを、何故だか自然に、少しの疑問もなく思い出し、納得していた。

7時間4分6秒。